弥生時代の貝塚が中心。遺物の範囲は、低い丘のすそ野の約400bにわたって広がっている。その丘の上には集落があったと推定される。 遺物は、数層にわたりヤマトシジミを中心に多数の海水産貝類、動物骨が出てくる。多量の土器、石斧、石包丁も出土した。 最下層の土器は、弥生時代前期末のものとされ、これに接する弥生中期初頭の土器群は、「城の越土器」と命名され九州北部の土器を学ぶうえで重要な役割をもっている。