福岡藩六代藩主、黒田継高が祭ってある。継高は初代藩主、長政の死で中断した堀川開削工事を再開させた。 東蓮寺藩(のち直方藩)の生まれ。福岡藩に養子に迎えられた。藩主になって享保の飢饉をきっかけに、治水と米の収穫増、年貢米の集積地・若松までの輸送に堀川の必要性を考え、工事再開となった。 堀川の完成後は、輸送路として地域の発展に大きく貢献した。