江戸時代に掘られた全長12`の運河。北九州、中間両市、水巻町をまたいで洞海湾に注ぐ。 1621年(元和7)、遠賀川流域の治水目的で初代福岡藩主、黒田長政が着工したが2年後、長政の死去で中断。1751年(宝暦元年)六代藩主、継高が再開し完成までに184年かかった。 岩盤をノミやツチで砕いていった工事の跡が河守神社近くの岩壁に残っている。