1897年(明治30)、柏原浦に住む佐野屋の老女が、延命地蔵の建立を思い立ち、工事中に土の中から 50cm〜60cm一石五輪塔、板碑、石仏など約300基の石塔群(町指定文化財)が出てきた。 壇ノ浦の合戦後、平家一門の追悼のため落人がひそかに祀ったという説。山鹿兵藤次秀の部下として 多くの犠牲を出した山鹿水軍の遺族が供養したという説がある。 延命地蔵は六角堂の中に安置されている。